さてと、、、
正調小倉百人一首
でわなくて、
蝦夷限定しもしも
の、お話。
「しもしも」
で育ったので、
未だに、
「上の句」の枕詞がわからない。
^_^
ってゆふよりも、
聴いたことがないので、
殆どの歌が、お初に近い、、、
しかも、
今更ながら、
「しもしも」って、意味不明。
[ 見出し目次 ]
==== ==== ==== ==== ==== ====
しもしも
====
あるある1
====
あるある2
====
あるある3
====
しもしも
具体的には、
「かるた取り」ってゆうゲーム
としては成り立つんだけども、
「しもしも(下の句、下の句を詠む)」を、続けるとゆうことは、
折角の其の、時代の
読み人の、風情とか心情とか、
ましてや、
歌の意味も繋がらないよね。
だって、
575、7、7じゃないし。
例えば、
↙︎
==== ==== ==== ==== ==== ====
4「田子の浦にうち出でて見れば白妙の
富士の高嶺に雪は降りつつ」
9「花の色は移りにけりないたづらに
わが身世にふるながめせしまに」
==== ==== ==== ==== ==== ====
という
素晴らしい歌が、
==== ==== ==== ==== ==== ====
4 「富士の高嶺に雪は降りつつ」
9「わが身世にふるながめせしまに」
==== ==== ==== ==== ==== ====
と、詠まれます。
==== ====意味==== ====
海富士山の高い嶺に雪が降り積もっている、
恋や、世間の色んなことに
思い悩んでいるうちに、
私の美貌も衰えてしまった。
うーん。意味不明な歌だ。
しかも77、77。(笑い)
まぁ、しもしもの世界だから、
いいのか!?
ぶははははっ
はい。
よしとしましょう。
で、
あるある1
「しもしも」あるある
で、
こんなのがあります。
==== ==== ==== ==== ==== ====
2 「春すぎて 夏来にけらし 白妙の
衣ほすてふ 天の香具山 」
==== ==== ==== ==== ==== ====
↖︎
この下の句
「衣ほすてふ 天の香具山」の
「ころもほすてふ」を、
こう詠みます。
「ころも ほすちょー」
♪
また、
こんなのもあります
あるある2
==== ==== ==== ==== ==== ====
26 「小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば
今ひとたびの みゆき待たなむ」
==== ==== ==== ==== ==== ====
を詠むとき
は、
「今ひとぉーたびぃのぉ〜 、 みゆき」
♪
といいます。
これは、
==== ==== ==== ==== ==== ====
56 「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」
==== ==== ==== ==== ==== ====
の、下の句
「いまひとたびの」
までが、同じ文字、なので、
そのまま詠むと、
似てるので間違いを誘うから
なんです( ̄▽ ̄)
こちらは、
「今ひとぉーたびぃのぉ〜 、 あう」
♪
と、詠みます。
これは、
「正調小倉百人一首」でも、
上の句が似ている時の、詠みかたで、
違いがわかるようにする手法なんですけど、
「しもしも」の場合は、
類似下の句が、最大で9ありまして、
「ひと、、、」シリーズは、
こんなにありますよ!
↙︎
11 「人には告げよ 海人の釣舟」
25 「人にしられで くるよしもがな 」
28 「人目も草も かれぬと思へば 」
38 「人の命の 惜しくもあるかな 」
41 「人知れずこそ 思ひそめしか 」
44 「人をも身をも 恨みざらまし」
47 「人こそ見えね 秋は来にけり」
63 「人づてならで 言ふよしもがな 」
92 「人こそ知らね かわく間もなし
あっ、
あるある3
こんなのもありました^_^
==== ==== ==== ==== ==== ====
3 「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾はの
ながながし夜を ひとりかも寝む」
==== ==== ==== ==== ==== ====
の、
「ながながしよを」
の、部分を、強調して、、、
「ながなが〜 、 小便」
==== ====意味:解説==== ====
「小便が、長い。
(歳を食うと、オシッコするのに、時間が掛かるようになる、特に年寄りは)」
あっ^_^うそです
とか
ゆっちゃったりします(ごめんなさい)
で、
今回の特撰は、こちら
==== ==== ==== ==== ==== ====
7 「天の原 ふりさけ見れば 春日なる
三笠の山に 出でし月かも 」
==== ==== ==== ==== ==== ====
<意味説明:私的解説>
この空は、故郷の日本にも、繋がっている。あの月も、春日の三笠山(今の奈良県)に 出ている月と同じものだ。懐かしいなぁ〜
安倍仲麿さんとゆふ方が、
留学生として唐(今の中国)いた時のこと、
帰国を許された船から、この句を詠んだとか、、、でも、嵐にあって、結局、日本には戻れなかったそうです
*遣唐使の阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)さんのことですね
字が違うから別の人かと思いましたが
つづく