ZOOM R8で宅録するべさ日記

ZOOM R8 で、自宅録音するまでの、初心者向け取扱説明書です。全てマニュアルに書いてあるんですが^_^;どなたかも書かれていた通り、マニュアル読んでも分からないことって多いんですよね。ってゆふか、チンプンカンプンなんですよ。なので、自分への頭の整理と、多分、暫く経ったら忘れてる自分への、判りやすい解説書を、作っちゃえ!というものです。

しもしも、、最終回

100 ももしきや 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり   
・・・・・・・・・・・・・・順徳院

とうとう最終回になりました^_^
小倉百人一首」をきる (FINAL)

です


え?!もう終わりなの!?
(ぶははははっ)

はい。



今回の目次です。

[ 見出し目次 ]



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正月の風景
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かるた大会
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子供の頃は
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ももしきや
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正月の風物詩

うちの田舎では、
娯楽が少なかったのと、
親戚が多かったこと、

宗家の長が、「賑やかな事好き」
だったこともあり、、、

お正月に、親戚一同が集まると、
「かるた大会」をやってました。

そーです

「正調小倉百人一首
でわなくて、
蝦夷版、しもしも」

です


何故、いつから?!とゆふ疑問を唱えることもない間に、始まってました。とゆふか、参加させられていました。

なんとなく、親戚VS親戚、の闘い
の図式、だったのですが、

此処で、親戚模様を確認しますと、、

うちの両親は、どちらも

「ばっち」「ばっち」だった為、

(*ばっち:北海道弁で、一番下のこと)

親戚の中では一番若い家族でした。


とゆふ訳で、
私が小学校に入る頃には、
一番上の親戚連中(従兄弟)は、
既に高校生や、中学生。
漢字も読めない子供(わたし)には、
敷居が高い高い。
100m競争に、
ガチンコ、勝負するようなもんです。

で、

小学生でも、、わかるようにと、

ひらがな、を、集めてもらい、
目の前に並べます。

が、

どんくさい

(*どんくさい:北海道弁で、動きが鈍い)

だめだわっ

取れません(涙)


みんなが狙っている
「乙女の姿」

なんて。目の前で取られます。
( ̄▽ ̄)
それはもう、見事に、かっさらわれ
悔しくて、悔しくて、、、

いつかは、綺麗に(華麗に)
取りまくるんだ

と、

思ってましたが、

時は流れ、

皆さん大人になると、
正月の挨拶回りにも現れなくなり、

いつのまにか、、

正月の風物詩は、
減ってしまいました
^_^

あっ、

その後、

花札と🎴か、

麻雀で🀄️盛り上がった時も
ありましたが、、、、


あっ、
脱線したので、戻ります

で、

かるた

かるた

なんですけど、、、

詠みかたが、
「下の句」「下の句」
なのは、お話した通りですが、

イントネーションが、独特なんです。


改めて、「正調小倉百人一首」の詠みかた
を、聴いてみると、、、
あー、そーだよね、575、7、7
の、節、だよねなんですが、、

が、

「しもしも」の、場合は、

77、77

なもんで、

独特の言い回し

に、、なってます
^_^

音声は、WEBで
探してみましたが、
著作権等の関係でリンクは貼れません
(検索して聴いてみて下さい)

音階にすると、
「ラ、ド、シ、ラ、らら、ソ」

ちょっと違うかな

です


で、

ももしきや

==== ==== ==== ==== ==== ====
100 ももしきや 古き軒端の しのぶにも
なほあまりある 昔なりけり   
・・・・・・・・・・・・・・順徳院

==== ==== <解説:自分的解釈> ==== ====

宮中の軒先の、草を、見て、
古き良き時代を、思い出して、
昔は本当に良かったなぁ〜
と、懐かしんでいる風情を感じます

ももしき=百敷、
宮中の家のことですが、

平安時代が終わり、
鎌倉時代になってからは、
天皇の地位や権威が、落ちてきて、
政りごとにも、参加できなくなり、

しのぶ:しのぶ草、と、昔を忍ぶ。
懐かしむが、掛けられています。


順徳院 は、後鳥羽上皇の第三皇子。
後鳥羽上皇と言えば、
源頼朝の死後、
鎌倉政治を京都に戻そうと画策した
あの「承久の乱」の、首謀者です。
結果、敗走し、
後鳥羽も順徳院も、
島流しになり、
そのまま、還らぬ人になりました。

平安時代までは、
武家の棟梁(平家)とも仲良く、
天皇や公家は、楽しく面白く、
優雅な、いとおかし的な、
毎日を過ごしていたのですが、
それでも、京の都で、
静かに暮らしていれば、
命を落とすこともなかったのに、、、
しかも、遠く流刑地隠岐(後鳥羽)で、
順徳院は佐渡から戻ることはありませんでした。

百人一首」の順番は、
1天智天皇と、2持統天皇(父と娘の関係)
から始まり、
99後鳥羽院と100順徳院(父と息子)
という、天皇の歌。
で、
終わっています。
古き良き時代を偲び、
また、後鳥羽院の鎮魂歌として編纂した
とも云われる説もあります。



子供の頃

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子供の頃
(昭和の時代)

しみじみ思うに、、

テレビゲームも無ければ、
パソコンも、スマホ
勿論、DVDも有りません。

お正月と、いえば、

「かるた大会」
凧上げ、メンコ、コマ回し、

あっ、

双六(すごろく)は、盛り上がりました。

ボードゲームも、あることは有ったんですが、
トランプ、花札囲碁、将棋。

でも

やっぱり、
昔ながらの、遊び
「かるた取り」は、
大勢でワイワイと、

楽しめる、一大イベントでした。

懐かしい想い出

ですが、


今は、もう、

時代も変わり、
親子で愉しむイベントは、

無くなりましたねえ〜


しみじみ